例えば、認知症で、状況判断が難しい方に大人しく適切な治療や介護を受けてもらうことは困難なケースがあるため、身体の拘束という手段を使っている病院や施設が多くあります。
今回は、このように介護における身体拘束や行動の抑制について、疑問をもっている方や介護職員の方のために、高齢者への身体拘束とはどのようなものがいえるのか、また、やむを得ないケースの解説や、身体拘束ゼロへの手引きについてなど身体拘束について、詳しくご紹介します。
身体拘束とは高齢者や認知症患者に対し、ベッドに体を縛り付け行動を抑制するといった行為という認識が強いですが、身体拘束の行為には薬の使用や言葉でも身体拘束にあたる行為になるのです。
身体拘束にはスリーロックという三つの拘束があります。
◆フィジカルロック
紐や抑制帯・つなぎ・ミトンなどを使って体の動きを抑制する。
また部屋からでられないようにする、ベッドに柵をつけることもフィジカルロックにあたります。
◆スピーチロック
「ここから出てはダメ」「立ったらダメ」というように言葉で行動を制限すること。
また、「どうして何度言ってもわからないの?!」「なんでそんなことをしたの?」など、叱責の言葉もこれにあたります。
◆ドラッグロック
向精神薬等を服用させて行動を抑制する、夜間徘徊してしまう高齢者に対して眠剤や安定剤を飲ませて行動を抑制してしまうことなどがドラッグロックにあたります。
フィジカルロックには具体的にどのような行為が身体の拘束にあたるのかが明確になりつつありますが、スピーチロックやドラッグロックに関しては、とても幅が広く様々なケースがあるため、どれが身体拘束につながる言葉なのか、またどのような状況で薬を使ったらドラッグロックなのかがはっきりしていないのが現状です。
では具体的にどのようなことが身体拘束にあたるのか、厚生労働省の身体拘束の定義をもとにまとめました。
また、厚生労働省がやむを得ない場合に行う身体拘束について定めたものもあります。
切迫性:利用者本人または他の利用者の生命または身体の危険が著しく高い場合
非代替性:身体拘束以外に変わる介護手段がない場合
一時性:身体拘束が一時的な対処である場合
この三つの要件を確認し実施されている場合に限り身体拘束は認められることになっています。
この三つの要件をすべて満たしている場合に限り身体拘束は認められることになっています。
また、この場合の留意事項として、
◇「緊急やむを得ない場合」の判断は、担当の職員個人またはチームで行うのではなく、施設全体で判断することが必要である。
◇また、身体拘束の内容、目的、時間、期間などを高齢者本人や家族に対して十分に説明し、理解を求めることが必要である。
◇なお、介護保険サービス提供者には、身体拘束に関する記録の作成が義務付けられている。
(参照;「6身体拘束に対する考え方 厚生労働省」)
身体拘束を行う主な理由は、利用者の事故の防止です。
事故になりうる具体的な例として、治療用のチューブを無理やり自分で引き抜いてしまうことや、1人で徘徊することで転倒してしまう、歩けないのに車椅子から立ち上がろうとして転倒してしまう、ベッドから1人で降りようとして落ちてしまう。
このように高齢者の場合、低い場所から落ちることや歩いていて転倒したなど、ちょっとしたことでも骨折など重傷になってしい、またそこから寝たきりなどの状態になってしまう可能性があるためそれを防ぐ目的から拘束という手段が必要とされていました。
それでは、身体拘束を減らしたり、なくしたりするためにはどのようにしていけば良いのでしょうか?
具体的には、介護職員の目が届きやすいよう、デイルームで過ごす時間を増やす、点滴を抜くなどの行為がある場合はミトンではなく5本指の手袋をはめる、などが有効です。
そして、施設で身体の拘束を廃止した時に、それに伴って、事故が増えてしまわないように、施設全体で身体拘束廃止に向けての取り組みや介護職員の意識の向上が重要です。
利用者1人ひとりの認知症の症状・周辺症状の改善に努める方向や事故にならないように目を配ること、職員が身体拘束をしないという意識と緊張感をもつことなど、身体拘束に変わる対応と職員の意識の向上が何より求められています。
介護施設にアンケートなどをとった結果をみると、身体拘束は介護において安全性を考える上で必要だと思う職員がたくさんいます。
では、どうして身体拘束が問題になっているのでしょうか?
その問題は、利用者の、人としての尊厳をなくし精神的な負担を与え、人を人として扱わない行為であるとされるためです。
認知症の方の人としての尊厳を守ることで周辺症状が改善されるケースもある中、尊厳を守らない身体拘束は認知症の進行や状況を悪くする可能性もでてきます。
また、腕をベッドに縛ることで、利用者が動きたくて強く引っ張り腕にひどく紐痕が残ってしまう、ベッドから勝手に降りないように4点柵を設置したところそれを乗り越えようとして、もっとひどい事故が起こってしまうなど…。
安全性を考えた身体拘束であるにも関わらず、そのような事故が起こりうることも問題の1つとされています。
そして長時間身体拘束され続けることにあたっては、運動能力の低下や健康面でのリスクもでてきます。
このような問題点は、厚生労働省の「身体拘束ゼロへの手引き」にも身体拘束の弊害として記載されています。
こういった身体拘束の問題点が、浮き彫りにされている今、身体拘束に替わる対応が必要であると考えられ、厚生労働省から身体拘束を廃止に向けた取り組みが行われています。
厚生労働省は、身体拘束の廃止にむけて「身体拘束ゼロ作戦推進会議」を設置しました。
そして、身体拘束をゼロにすることにとどまらず、よりよいケアの在り方やケアの本質とは何かを考え、高齢者介護の内容を見直し、サービスの向上を目指すことを目指しています。
身体拘束ゼロ推進作戦会議の目的としては、身体拘束をなくすこと、そして拘束が拘束を生み悪循環に陥ることを認識し、良い循環に変えることを目指すこととされています。
身体拘束をすることで生じる悪循環を認識しておく必要があります。痴呆があり体力も弱っている高齢者を拘束すれば、ますます体力が衰え、痴呆が進んでいくことは容易に推測できます。そして、身体拘束を続けた結果、せん妄や転倒などの二次的・三次的な障害が生じ、そういった障害を押さえ込むために、更なる拘束が必要となってしまう状況が生み出されてしまいます。
最初は「一時的」として始めた身体拘束も、時間の経過とともに、「常時」の拘束となってしまう…、身体機能の低下とともに拘束の「程度」も「頻度」も高まってしまい、利用者のQOL低下は基より死期を早める結果にもつながりかねないのです。
身体拘束の廃止は、この「悪循環」を、高齢者の自立促進を図る「よい循環」に変えいくことを意味しているのです。
<身体拘束ゼロへの手引き~内容~>
◇身体拘束はなぜ問題なのか
◇身体拘束は本当になくせないのか
◇身体拘束廃止に向けてまずなすべきこと-五つの方針
◇身体拘束をせずに行うケア-三つの原則
◇緊急やむおえない場合の対応
◇転倒事故などの法的責任についての考え方
◇(参考)身体拘束をなくすための「車いす」や「いす」
このように、「身体拘束ゼロへの手引き」には、身体拘束によるデメリットや、事例別の具体的な対応方法についてまとめてあり、現場の介護職員の参考になる内容が記載されています。
今回は、厳しい内容のご紹介になりましたが、高齢者でも認知症でも同じ「人」であることに変わりはありません。「どうせわからないから」、「管理しやすいから」といった理由で安易に縛ったり固定したり、閉じ込めてよいものではありません。身体拘束の検討を要している方のケアは苦労も大変多いと思いますが、人としての尊厳を守って介護していくことが、本当の意味で人を介護するということなのではないでしょうか。
そして身体拘束に頼った介護を日常的に行ってしまうことで、職員はそれ以外にどうしたら良いのか対応に混乱し、何か起こった際には身体拘束しなかったからこうなったという考えになってしまいます。
そうならないためには、各施設で身体拘束についてきちんと理解し、職員1人ひとりに意見や考えをだしてもらいながら改善していくことが大切です。
参考資料:厚生労働省「身体拘束ゼロへの手引き」