要介護の方が怪我や事故に遭う原因には、いくつものケースが考えられますが、一番多いのは、転落・転倒と言われています。
高齢になると足腰の機能・筋力の低下もあり、たかが転倒と侮れず、「骨折」してしまったり、その後の生活をがらりと変えてしまう原因にもなりうるのです。
では、その実態はどのようなものなのでしょうか?また、原因や対策法は、どのようなものなのでしょうか?今回は、高齢者の転倒・転落に関して、網羅した内容をお伝えしていきます。
ここでは、実際にあった転倒事件のニュースをピックアップします。事故のあらましや、詳しい解説を記載しています。
介護老人保健施設での転倒事故
本件は、介護老人保健施設に入所中の95歳の女性が、自室のポータブルトイレの排泄物を捨てるために汚物処理室に赴いた際に仕切りに足を引っかけて転倒し負傷したという事故について、施設経営法人に対し、債務不履行および土地工作物の管理責任に基づき、537万2543円の損害賠償を命じた事例である。(福島地裁白河支部判決平成15年6月3日)
•『判例時報』1838号116ページ
•確定
事件の概要
X(原告):消費者
Y(被告):社会福祉法人(施設経営法人)
Xは、事故当時95歳で介護保険等級上、要介護2に認定されていた女性である。XはYと、平成12年10月27日頃、介護老人保健施設利用契約を締結し(以下、本件契約という)本件施設に入所した。Xは、平成13年1月8日午後6時頃、本件施設ナースセンター裏のトイレに併設されている汚物処理場において、その出入り口に存在していた高さ87ミリメートル、幅95ミリメートルのコンクリート製凸状仕切りに足を引っかけ転倒した。Xは、本件事故により入院加療68日間、通院加療31日間を要する右大腿骨頸部骨折の傷害を負った。事故後、下肢の筋力低下の後遺症が残り、一人で歩行することが困難となり、その後要介護2から3になった。本件事故による治療費は16万1570円、入院雑費は8万8400円である。
平成12年4月の介護保険法の施行に伴って、介護サービスも措置から契約に移行するようになりました。これにより、介護サービス契約に関して、要介護者が転倒するなどの事故が起きてしまった場合、介護サービス業者の法的責任が問われるケースがあります。これまで、介護サービスによる事故についての判例は多くありませんが、本ケースは、施設側の介護サービス提供における責任が問題視されたケースです。
「施設職員がポータブルトイレの清掃をしないために、要介護者Xが自分で排泄物を捨てに行こうとして起こった」という部分に争いはなく、施設側に義務違反があったのか、そして義務違反があった場合、そこに事故との因果関係があったのかどうかが争点となりました。
施設側は、ポータブルトイレの汚物処理は要介護者自身で行わないよう指導し、職員に任せていた、さらに、義務違反があったとしても、因果関係はないとの主張をしました。
しかしながら、判決は、「室内に置かれたポータブルトイレの中身が廃棄されないままであれば、不自由な身体であっても、老人がこれをトイレまで運んで処理したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に、相当因果関係が認められる」とし、施設側へ、債務不履行および土地工作物の管理責任に基づき537万2543円の損害賠償を命じました。
ここで、家庭内での転倒事故について触れてみたいと思います。
実は、高齢者が自宅で転倒する場合、屋外よりも屋内が多くなっています。
具体的に、多い場所と比率に関しては下記のデータがあります。
60歳以上の人が自宅で転倒した場合は室内が多い
出典:TERUMO HP
最も多いのが庭、居間、玄関、階段、寝室と続き、ここまでで全体の10%以上を占めています。
そして、年齢が上がるにつれて、室内での転倒比率が高まっています。
60歳以上を対象とした国の調査によると、家庭内転倒した人は、年間9.5%に上り、外で転倒する人は、9.1%でほぼ同じ。
屋外で転倒した方の場所としては歩道でのケースが一番多く、建物の敷地内、屋外の階段、公園、広場などと続いています。
【高齢者の家庭内事故は重症化傾向】
消費者庁と国民生活センターが共同事業として行っている「医療機関ネットワーク事業28)」に参画する13医療機関で、消費生活上において生命又は身体に被害が生じる事故に遭い、医療機関を利用した患者から収集した事故情報は、必ずしも消費者事故等とは限らないものの、事故等の概要や発生時状況などの詳細情報が得られます。そこで、ここでは医療機関ネットワーク事業での収集データで高齢者の事故を見ていきます。事業開始の2010 年12 月から2012 年12 月末までの約2年間で、高齢者の事故情報は669件でした。
20歳以上の事故を事故発生場所別に見ると「住宅」での事故は1,203件で、全体の7割を超えており、家庭内事故は大きなウエイトを占めています。このうち、年代別での割合は65歳未満が71.4%、65歳以上は77.1%と、事故発生場所の傾向にあまり差は見られませんが、これらの家庭内事故を危害の程度で見てみると、65歳未満と比べて65 歳以上の高齢者の事故は重症化している傾向が見られます(図表2-2-6)。
さらに、高齢者のうち75歳未満、75歳以上に分けて危害の程度を見ると、75歳未満では、「重症」、「重篤」、「死亡」を合わせた「重症」以上は4.6%ですが、75 歳以上では8.5%であり、75歳以上の方がより重症化する割合が大きくなっています。出典:消費者庁HP
高齢者が家庭内で招いてしまう事故のきっかけは、「転落」30.4%、「転倒」22.1%と多く、その中でも、階段での怪我が多くなっています。
転倒の原因としては、
などがあげられます。
他に高齢者に多い事故として、「誤飲・誤嚥」が全体の9.3%あり、おむすびや食パンなどの食品を喉につまらす死亡事故も起こっています。
さらに、「熱傷」も目立ち、熱傷のうち「着衣着火」は15.9%あり、死亡事故も起きています。仏壇のローソクの火や、ガスコンロの火が衣類に着火するケースもありますので、高齢者の火の扱いには、十分に注意する必要があるでしょう。
そもそも介護事故はなぜ起こってしまうのでしょうか?
原因の一つとして、「人は自分の意思で活動する」という大前提が考えられます。これをよく示しているデータが、全体の8割を占める「転倒・転落」事故なのです。
例えば、椅子からの転落という事故があったとします。
座っている間、その方は、止まっている状態なので、事故は起きようがありません。
それでも転落するという事故は、多々発生しています。椅子に座っている状態でも、人は完全に静止しているというわけではありません。一定の時間椅子に座っていれば、背筋や腹筋に疲労を感じ、お尻にも負担がかかるようになります。その不快感や疲労感から逃れるために、無意識に身体をずらすなどの行動をとっているのです。
つまり、ここでは、身体的な苦痛を緩和しようという意思が働き、わずかでも活動しているのです。転落事故でありがちなのは、静止した状態のまま、少しずつ体をずらしたり、お尻をずらすなどしていたら、身体のバランスを崩して転倒してしまう…というケース。
もっとも、当人が今どのような心理状態にあるかを気にかけることができなければ、「座らせとけば安心」、「寝かせとけば安心」というふうに、まるでモノを扱うように、人の意思を無視したケアが続いてしまいます。
そういった現場では、必ず事故は多発します。身体拘束が、かえってリスクを高める原因になるのです!
介護職員は、当人の、現在の心理状況を思いやってあげる事が、様々な事故防止の基本になります。
介護現場などでよく言う「心のケア」をマスターする事も、事故防止につながります。
また、その人の生活観や価値観が、その時々の心理状況を大きく左右するので、その人の生活に着目してみる事も、事故防止として大切でしょう。
ここでは、高齢者の転倒要因について、まとめていきます。
内的要因 | 緑内障 |
白内障 | |
環境認知障害白内障 | |
屈折異常 | |
身体的要因 | 薬剤 |
不整脈、心拍出量低下 | |
パーキンソニズム、てんかん、認知症など | |
骨折、脱臼 | |
心因性要因 | 再転倒不安 |
空間恐怖 | |
外的要因 | 床の凹凸 |
不慣れな環境 | |
合わない履物 | |
照明不良 |
かつて高齢者は、転倒や転落によって認知症が生じると考えられていましたが、正しくは、脳の病気ですので、転倒などは関係ないケースが多いのです。起立二足歩行は、人間の大脳が発達した事により獲得した機能ですが、詳しくはまだ解明されていません。
アルツハイマー型認知症に代表される認知症では、歩行スキルも著しく低下し、転倒しやすくなり、骨折をきっかけに、精神症状も進んでいき、悪化してしまう例も珍しくありません。
これまで、転倒や転落で認知症になると言われていたのは、このような症例が多かったからだと推測できます。
また、認知症は、転倒や骨折の重大なリスクにもなります。高齢者の方が認知症になると、転倒や転落のリスクも、自然と高まってしまうので、ご家族や介護している方は一層の注意を払う必要があります。
しかしながら、転倒や転落、骨折、骨粗鬆症などは、転倒を怖がるあまり行動制限をかけてしまうと、筋力の低下や運動機能の衰えを加速させてしまい、さらに転倒しやすくなるなど、悪循環を生み出す場合もあります。
そのあたりの加減が、難しいところですね。
介護施設側は、リスクの軽減を図る事は必須ですが、転倒の内的要因については、入居者のご家族と介護職員との間で、情報を共有し、意見の食い違いがないようにしなければなりません。
歩行補助具を使う
自力歩行が難しいかたでも、安全を確保しながら自力での移動が可能になります。
筋力低下を防ぐ
転倒してしまうのは、足腰が弱っていたり、筋力が低下してしまう事が一因としてあります。
もしも日頃から運動を取り入れて丈夫な体を維持していれば、少しくらい障害があっても、転倒事故を起こす事はありません。反射的に、自分で自分の体を即座に支えたり、最小限の怪我ですむような倒れ方ができるからです。
筋力が低下していると、どうしても転倒しやすくなるので、歩行補助具による移動の練習をしていくくなど、お一人お一人にあった運動を支援・指導してあげるとよいと思います。特に下肢の筋力強化は重要です。
見守り体制を整える
要介護の人が、一人で何か動作しようとする時に、常に見守ってサポートしてくれる人を置いておくといいでしょう。これは、一般的にはご家族や介護職員の役割になりますが、実際は、人員確保が難しかったりと問題があります。これをどうクリアするかが肝心です。介護に携わる周囲の方々の協力体制が不可欠ですね。
ベッドに柵を設ける
物理的に、ベッドからの転落を防止します。
センサーマット
立ち上がる機会をとらえるために使用します。
いかがでしたでしょうか?
転倒事故を防ぐために、介護施設で安全対策や生活に必要な機器や設備をするのは、予算上難しいという現実も勿論ありますよね。
しかし、そのような時には、専属の人間を一人雇うのとどちらが高くつくのかなど、冷静に判断してみましょう。
要介護の方を、転倒事故などで大怪我させてしまったら、介護施設にとっても、大きな責任を伴います。
要介護者が少しでも健康に快適に過ごせるよう、最大限の予防策、そして改善を計っていきましょう。